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婚約破棄は突然に

Author: 花室 芽苳
last update Last Updated: 2025-08-01 12:38:20

 ――それは、遡ること十数時間前――

「ええっ、今の会社をクビになるかもしれない!? そんな急に、いったいどうして?」

 私は目の前にいる恋人、守里《もりさと》 流《ながれ》の話を聞いて驚きを隠せないでいた。

 彼は一流企業、神楽《かぐら》グループの正社員で営業成績も優秀だと聞いている。そんな流がいきなり会社から解雇だなんて、どうして……?

 すると彼は顔を上げて申し訳なさそうに私を見つめた後、その理由をポツポツと話し始めた。

「神楽グループには御曹司である神楽 朝陽《あさひ》という男がいるんだが、そいつがちょっと厄介な人物でさ。その……御曹司という立場もあって、とにかく女性問題が絶えないとは聞いていたんだけど」

「……なに、それ? その人の女性関係がどう関係あるのか、ちょっと私には分からないのだけど」

 神楽グループには次期代表取締役と言われる、御曹司の神楽 朝陽という男性がいることは私だって知っている。

 彼はテレビやラジオでもイケメン御曹司と持て囃され、忙しい毎日を送っているとミーハーな同僚たちから聞いたこともあった。

 ……だけどその御曹司の女性関係と流の解雇、そこにいったいどんな関係があるというのだろうか?

「その御曹司の起こした女性問題を、俺がやった事にされて。責任を取って、その女性と結婚の約束までさせられたんだ。そうしなきゃ、その問題を理由に解雇するって脅されて……俺、いつの間にかそいつに目を付けられてたみたいでさ」

 そう流は説明してくれるが……どういう理由でそうなったかもよく分からないし、なぜそれが流である必要があるのかもハッキリしない。

 それなのに休む暇なく言葉を続ける彼に圧倒され、理解出来ないまま話が進んでいく。

「だから俺もどうしていいか悩んで、凄く辛くてさ……」

「でも、流は優秀な営業だって言ってたじゃない? いつも成績だってトップなんだって、それなのに解雇なんて……そんなの、どう考えてもおかしいでしょう?」

「そうなんだけど、あの男は普通じゃない事を言い出すような奴なんだよ! だからごめん、鈴凪《すずな》。俺、お前と約束していた結婚は出来そうにない。申し訳ないけれど、今日を最後に別れてくれ!」

 ……は?

 どこがどうなって、私と流の婚約が白紙にされるのか全く意味が分からない。

 第一に流《ながれ》は自分は解雇される事が決定したように話をしていくるのだけれども。営業成績がトップだという彼を、そんなアッサリとクビにしようとする会社が本当にあるのだろうか?

 流の話す神楽 朝陽の【女性問題】というのも、曖昧過ぎてどういうことか分からない。とてもじゃないが、納得のいく答えにはなっていない。

 それなのに、流は……

「だって仕方ないだろ? 会社をクビになったら鈴凪《すずな》との結婚どころの話じゃない」

「それなら再就職先を探して、それからでも……」

 仕事と私どっちが大事なの? なんて天秤にかけたことはないけれど、今の流の言い方では私より仕事の方が大事だと言われた気がしてちょっと悲しくなる。

 だけど流はそんな私の気持ちにお構いなしで、一方的な言葉でこの関係を終わらせようとする。二人の婚約については、お互いの両親にも挨拶して許しを得ていたはずなのに。

「そんな先のことなんて話されても重荷なんだ! 俺が会社をクビになるかの瀬戸際なのに、お前はさっきから自分の事ばかりで。少しは俺の立場も考えてくれ!」

「そんな、流!? ちょっと待ってよ、流っ!」

 結局……彼はその御曹司とやらの女性問題や自身の解雇について明確な説明をしないまま、話は終わりとばかりに私の部屋から出て行ったのだった。

 つまり私は、流の仕事にというか……よく知りもしない神楽グループの御曹司の存在によって、数年付き合って決まったはずの婚約も破棄をされてしまったらしい。

 ……と、まあ。この時の私は、婚約者だった流の話をこれっぽっちも疑ってはいなかったのだけど。

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